10月30日(金)に、朝日カルチャーセンター立川教室の講座「シリーズ武蔵野学・多摩武蔵野スリバチ地形散歩」で、国分寺崖線とハケの地形、湧水などをご案内しました。
国分寺駅から武蔵小金井駅まで、ほぼ国分寺崖線沿いのコースです。
スタートは、国分寺駅南口から至近距離にある殿ヶ谷戸庭園に。大正期に旧満鉄副総裁の江口定條、昭和初期には三菱財閥岩崎家の別荘で、谷戸地形を活かした林泉回遊式庭園です。明治末期から昭和初期にかけて純農村地帯であった国分寺崖線沿いには、30あまりの別荘が建てられました。当時の健康志向と交通の発達によるものといわれます。東京の名湧水57選の湧水を利用して作られた次郎弁天池。
高層マンションを背景に。
紅葉亭から。木々が色づき始めました。
通称、丸山と呼ばれる国分寺崖線の崖上からの眺め。丸山は国分寺崖線と殿ヶ谷戸、長谷戸に囲まれた三角形の形をした台地です。遠くに府中の浅間山が見えています。
この道はよく車で通るのですが、凄い急坂です。
東京経済大学構内にある新次郎池は、創立120年事業で整備されました。今のところ学生以外は入れないようです。新次郎池の名前は元学長の北澤新次郎に由来します。
くらぼね坂から新次郎池をちらっと見ることができました。綺麗になりましたね。ここも東京名湧水57選の湧水。
鞍尾根橋。国分寺市と小金井市の市境です。写真は国分寺市側の野川。
こちらは、小金井市側の野川。
湧水の道という名前の野川旧流路。
貫井神社に。左の駐車場は1923(大正12)年に湧水を利用して作られた貫井プールの跡地です。とても冷たかったらしいです。神社の前に貫井プールの碑があります。
本殿西側と裏側の崖下から水が湧き出しています。ここも東京の名湧水57選の湧水。ハケの地形がよくわかる場所で、大岡昇平の小説『武蔵野夫人』で描写されています。
滄浪泉園。銀行役員、外交官、政治家であった波多野承五郎の別荘で、犬養毅元首相が命名しました。かつては現在より3倍近い敷地があり、水車が回るほどの湧水の量がありました。宅地開発により敷地は徐々に縮小、昭和40年代にはマンションの建設が計画されましたが、東京都が買収、緑地保全地区に指定されて貴重な自然が残されています。
崖下の数ヶ所から水が湧き出しています。ここも東京の名湧水57選の湧水。
すぐ近くを新小金井街道と連雀通りが通っているとは思えないほど自然豊かな環境。パンフレットに書かれている通り、深山の趣きです。
ゴールの武蔵小金井駅の近く、国分寺崖線はまだまだ続いています。
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