2021年3月27日土曜日

【報告】新潮講座・武蔵野台~東府中 篇

 3月21日(日)の新潮講座は、京王線武蔵野台駅から東府中駅までのご案内。

府中崖線沿いに7kmほどのコース、府中用水末流と東郷寺北の谷を歩きました。

ときおり強い風が吹く雨模様の日。府中崖線を下ります。

ハケタ堀。

歩いていくと西武多摩川線に。くぐってはいけません。

梅の木堀。

まむし坂、府中崖線上の踏切は写真スポット。

溝合神社。写真右がいききの道、左が庚申坂。

旧小田分村の解説。六所宮の織田氏の領地だったとのこと。

車堀。長閑な風景。

旧小田分村の鎮守石井神社。「おしゃもじさま」とも呼ばれています。

三ヶ村用水の暗渠。旧小田分村、上染屋村、下染屋村の三ヶ村用水組合の水田への水路でした。

枝垂桜が満開を迎えた東郷寺。東郷寺は東郷平八郎の別荘跡地に建立、山門は黒澤明監督による映画『羅生門』に登場する門のモデルになったとされます。

玉川上水失敗堀と伝えられるかなしい坂。写真左、府中崖線に切れ込む細長い谷を歩きます。

白山神社は谷の上に鎮座。

谷の中にひっそりとある暗渠。

谷を出て府中崖線財の瀧神社に。大國魂神社の末社で御神木は府中の木百選に選ばれています。

府中崖線の崖下から水が湧き出しています。

お社の中に競馬の騎手の色紙が奉納されています。その昔くらやみ祭りの競馬式(こまくらべ)に出る馬と騎手が湧き出す水で体を清めたとされ、現在の競馬式ではJRAの馬が神馬となってる縁で有名な騎手がお参りにきているそうです。

2021年2月23日火曜日

【報告】新潮講座・多摩センター~聖蹟桜ヶ丘 篇

2月21日(日)の新潮講座は、多摩センターから聖蹟桜ヶ丘までご案内しました。

多摩センター駅から北上、京王線の聖蹟桜ヶ丘駅がゴールの約8キロ(私のログでは)。

京王相模原線多摩センター駅の改札を出たところの天井がとても綺麗。

東京都埋蔵文化センターは残念ながら休館中、外から遺跡庭園「縄文の村」の復元住居を見ることができました。

吉祥院。青木葉川のほとり久保ヶ谷の近くにあり、山号を唐沢山(とうたくさん)といいます。

乞田川。乞田という名前は、領民が領主に田を乞うたというのが由来といわれます。

支流の青木葉川が注ぎ込みます。

かつて谷戸根と呼ばれた地区、谷戸というよりも現在の愛宕団地の麓に窪んでいるような感じです。写真左の階段を上ります。

階段上からの眺望。こんもりした山は豊ケ丘北公園。

愛宕東公園。写真の向こうにはジブリアニメ『耳をすませば』のモデルとなった愛宕団地の給水塔。

愛宕の山を越えて和田に、多摩丘陵の中に平坦な土地が広がっている所です。鎌倉街道が通っていたと伝えられ、地名などにその名残りがあります。この通りは、恋路原(こいじっぱら)通り。

大栗川支流が流れる小さな谷になっています。この先は鎌倉沢というようです。

稲荷塚古墳。7世紀前半(古墳時代後期)の築造と推測される珍しい八角墳。この付近は和田古墳群と呼ばれる都内でも有数の古墳群があります。ほとんどは墳丘が削平され、墳丘が確認できる古墳は少ないようです。

サミット。店舗の近くに日野の百草村の飛び地があります。また周辺には貝取村の飛び地も。

先ほどの小河川の流れの続き。このあたりは女沢と呼ばれたようです。

庚申塚古墳。周辺を削られています。

これから向かう入道谷戸方面からの大栗川支流の流れ。

細長い小さな谷になっていて、かつては水田として利用されていたようです。

山神社。1557(弘治3)年に壽徳寺の境内に創建し、寺方村の鎮守社だったといわれます。

壽徳寺。入道谷戸と呼ばれる谷戸の中にあり、室町時代の1390(明徳元)年に念阿護法和尚によって開かれました。本堂の裏手、住宅地に囲まれて谷戸が残されています。

桜ヶ丘ロータリー。ここも『耳をすませば』の聖地で、環状交差点(ラウンドアバウト)が知られています。

桜ヶ丘住宅は、60年代に当時の京王帝都電鉄により造成、分譲されました。幅の狭い尾根筋の両側に閑静な住宅が広がっています。西側からは百草、帝京大学方面が望めます。

東側は連光寺と聖ヶ丘方面。桜ヶ丘公園にある旧多摩聖蹟記念館の建物が見えました。

関戸城天守台跡。周辺は、1333(元弘3)年の新田義貞と北条泰家が戦った分倍河原・関戸合戦や、足利尊氏と新田義興との武蔵野合戦などの舞台として知られています。城郭というよりは物見台だったようです。

金比羅宮。桜ヶ丘住宅の開発により旧地から現在地に遷座しましたが、周辺は江戸名所図会にも描かれるほどの景勝地で、旧地には物見の松という老木が聳えていました。ここも『耳をすませば』のモデル地です。

いろは坂通りの階段を下ります。『耳をすませば』の聖地巡礼をされる方を多く見かけました。

いろは坂桜公園から大栗川、聖蹟桜ヶ丘駅方面がよく見えます。

あらいぐまラスカルのマンホール。駅近くにもありますので、是非探してみてください。

大栗川。乞田川もそうですが昔はかなり蛇行して流れていましたが、河川改修でご覧のように直線化されました。




2021年2月7日日曜日

【報告】1月31日(日)まいまい東京・吉祥寺ツアー

 1月31日(日) まいまい東京・吉祥寺ツアーの報告です。

井の頭線井の頭公園駅から時計回りに6キロほど歩きました。

スタートの井の頭公園駅。

ひょうたん橋。最初は神田川源流の井の頭池に。江戸に給水された神田上水はここから始まります。

三角広場を流れる神田川。川の水を身近に楽しむことができる親水広場です。

ゆうやけ橋を過ぎるとコンクリート護岸が続いていきます。

神田川の谷を走る井の頭線。

踏切を渡ると神田川支流の暗渠道があります。

神田川支流のふたつの流れが合流する付近。こんな感じの暗渠が続いていきます。

神田川支流の源流付近の写真、牟礼の丘の中腹を流れる玉川上水からの撮影。

新橋。玉川上水が90度に流れを変える場所です。玉川上水は牟礼のふたつの丘と左右の低地を巧みに避けて四谷大木戸に向かいます。

牟礼分水取水口。太い木の近くです。牟礼分水は江戸時代に牟礼田圃の灌漑用水として開削されました。取水口と堰が残されています。

黒門と道標。ここは江戸時代の参道、道標の台石には当時の劇場名や俳優の名前が刻まれています。

参道を歩いていくと石灯籠がいくつかあります。これは紫灯籠と呼ばれる紫根問屋と紫染業者が寄進したものです。階段を下りると井の頭弁財天。

井の頭弁財天は、江戸の町人にも神田上水源の水神として信仰されました。

冬の井の頭池。

お茶の水。井の頭池が窪地にあることがよくわかります。湧き出している水は現在ポンプアップによるものです。井の頭池は、かいぼりの実施により以前より水質が浄化しました。また長雨が続くと、池底が見えるくらいに透明度が増すことがあります。