国立市を北上です。スリバチ的な景色は前半だけというコースです。
明治39年測図(今昔マップより)。集落が続く甲州街道の北側には人家がなく、畑や雑木林となっている様子がわかります。
昭和5年二部(今昔マップより)。大正末期、「ヤマ」と呼ばれた雑木林を中心とした土地に箱根土地による国立大学町の開発が始まりました。東京商科大学専門部(一橋大学の前身)が1930(昭和5)年に移転してきました。
昭和41年改測(今昔マップより)。大学町に住宅が増え始め、富士見台団地に入居が始まりました。
スタートの南武線谷保駅。谷保の本来の読み方は「やぼ」ですが、谷保駅が開業する時に駅名を「やほ」としたため、地名も「やほ」と言うようになりました。
国立周辺は遺跡が多く特に崖線上に集中しています。ここには仮屋上遺跡群の解説版があります。昭和40年代以降の調査で奈良・平安時代の住居跡が発掘、遺物が出土しました。
滝之院。この一帯には、かつて谷保天満宮別当寺の安楽寺六坊がありました。神仏分離により1873(明治5)年に廃寺になり、この滝之院のみ残っています。
清水の立場跡。立場とは、街道の宿場と宿場との間で休憩できる場所のことです。清水の立場は、府中宿と日野宿へ一里という位置にあり、『江戸名所図会』では炎天下のなか甲州街道を旅する人々が茶屋で休憩し、立川崖線の崖下から湧き出す清水に素麺を浸して食べている姿が描かれています。この日は清水の流れはありませんでしたが、このあたりでは長雨が続くと湧き水を見ることができます。
立川崖線を上ると標高70mになります。標高70mラインのオアシスですね。
石塚古墳。国立市教育委員会による調査の結果、横穴式石室と周溝の存在が確認されたそうです。
甲州街道の天神坂を地下道でくぐり南側に出ると、常盤の清水があります。涸れることのない湧水で、昔は付近の人々が井戸として使っていました。石段が当時の様子を伝えています。
厳島神社。この付近は立川崖線と青柳崖線が接近しているところです。崖下からは今でも豊かな水が湧き出しています。
谷保天満宮の西側の坂を馬坂と呼びますが、その途中の流れの中にサワガニを発見しました!
谷保天満宮は、亀戸天神社・湯島天満宮とともに関東三大天神と呼ばれます。写真右手、甲州街道から階段を下りて境内に入るという配置となっているのは、かつての甲州街道が天満宮の南側を通っていたためです。甲州街道は、多摩川の度重なる流路変更による渡し場の移動により、江戸中期以降にほぼ現在と同じ位置となったようです。
天満宮の社叢。青柳崖線と立川崖線が接近している一帯に鬱蒼とした森が広がっています。東京都指定天然記念物です。
梅林に「有栖川宮威仁親王殿下台臨記念」の石碑があります。1908(明治41)年に、有栖川宮威仁親王の運転による日本初の遠乗会(ドライブツアー)が、日比谷公園から立川を目指して開催されました。谷保天満宮で交通安全を祈願したこともあり、谷保天満宮は交通安全発祥の地といわれています。
青柳崖線沿いに流れる、下の川を歩きます。
青柳崖線の景色。遠くに見える構築物は、1962(昭和37)年に完成した国立周辺排水路です。国立市周辺は、昭和30年代まで大雨が降るとあちこちで水が氾濫したため、大きな問題となりました。排水路は8年の歳月をかけて完成しました。
青柳崖線の上はすぐ立川崖線。
崖上の日当たりいい場所に古墳があります。7世紀前半から中頃の築造と推定される円墳です。すぐ隣にある下谷保2号墳とともに下谷保古墳群を形成しています。
甲州街道。街道沿いに国登録有形文化財の本田家住宅主屋と薬医門があります。本田家は江戸初期から続く下谷保村の名主で、また代々医者・書家でもありました。主屋は江戸中期の建築と考えられ、薬医門は江戸後期に建てられました。
通常は非公開ですが、東京文化財ウィーク期間中に特別公開されるので、是非訪ねてみてください(2019年の特別公開時の撮影)。
本田道と庚申塔。
富士見台団地に着きました。昭和40年代に建てられた2000戸を超える大規模団地で、第1から第3団地の区画に分かれています。ここは第1団地のエリア、地域のNPO団体が運営する個性あるお店があります。
学園通り。手前を東西に横切っている道は江戸街道とも呼ばれる古い道です。
国立の町並みを象徴する大学通りは、幅員が約44mもあります。箱根土地の分譲区画図には「一ツ橋大通、24間道路」と記載されていました。両端の緑地帯はプリンスホテルの所有地で歩道部分は市有地とのこと。また京王電気軌道(現・京王電鉄)の電車が、路面の中央を通る予定もあったようです。
一橋大学兼松講堂。1927(昭和2)年の竣工、伊東忠太の設計で国登録有形文化財です。
中世のロマネスク様式を用いていて、沢山の妖怪や装飾がちりばめられています。
隣接する図書館にも妖怪が。
本館にも。
旧門衛所も国登録有形文化財、1931(昭和6)年の竣工。
東キャンパスにある東本館も国登録有形文化財です。
1929(昭和4)年の竣工。装飾の中に「1929」と刻まれています。
大学通りに設置されている街路灯の一部は、パリのシャンゼリゼの街灯を作ったフランスの会社のものだそうです。
駅南口のロータリーにはかつて水禽舎があり、ペリカンや鶴などが飼われていました。箱根土地が閉鎖した新宿園から移してきた動物たちで、富士見通りには孔雀小屋、熊小屋、猿小屋もあったそうです。
国立駅は、1926(大正15)年の開業。赤い屋根の三角駅舎として親しまれてきましたが、中央線の高架化に伴い解体されました。
しかし解体を惜しむ声も多く、解体前の部材を使って再建築することになりました。そしていよいよ4月4日(土)に復元が完成します。楽しみですね。詳細はこちらをご覧ください→国立市HP
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